トルコ日記 0、1日目

前日談:
H.I.Sのなんとかキャンペーンでなんと4万円台のトルコ行きの切符を手に入れました。

実はトルコに行くことに決めたのは出発の10日前だったりします。

日記:
3/27 0日目 関空→イタリア→イスタンブル
前日徹夜したので、殆ど眠りながら飛行機までたどり着く。
このように徹夜することにより、時差ぼけを防ぐのである。
これは結構効果的である。

アリタリア航空の飛行機に乗る。イタリア政府が1ユーロで売却しても構わないと言っているこの航空会社はすごい。
どんなに揺れても決してシートベルトの着用サインが出ないし、飲み物は後部座席に置いていて「勝手に飲め」と言ってくるし、なかなか、乗れば即イタリア気分が味わえる良い航空会社である。
ちなみに、帰りの飛行機では個人用ポータブルプレイヤーが1/3は電源が入らず、残りの殆どは映画をつけようとするとフリーズするという有様だった。

隣に座っているオペラやっているお姉さんと知り合いになる。大阪に住んでいてイタリアには友人の結婚式に行くそうだ。
飛行機ってのはこういう出会いがあるからよい。

半日たってイタリア到着。映画エリザベスは主題が分からんが面白かった。お姉さんと連絡先を交換してわかれる。

イタリアでのトランジットで、せっかくだからワインとスパゲティーを食う。それほどおいしくない。

がんばって時間をつぶして、トルコ行きの飛行機に乗り換え、日本人が自分しかいない路線だな。

深夜イスタンブルに着く。Tomoyoshiと書かれている札を持っている人を見つけて、送迎バスに乗る。
この送迎バス市内行きは20ドルで帰りは5ドルという謎のバスだ。
実は送迎バス中、だまされて高いホテルに連れて行かれるんじゃないかとどきどきした。


予約していたホテルmerih2について寝る。何ぼだったか忘れたがたしか千円台。

3/28 1日目 イスタンブル一日目

早朝に起きたのでサバサンドを買いに海に向かう。結局のところ早すぎてサバサンドは手に入らず、ファーストフードのケバブ屋で腹を満たす。

同じ部屋の壮一君と知り合って、一緒に旅することになる。
僕はイスタンブルでツアーを組まないつもりだったが、壮一君がもう取っちゃっているので、アイシュに頼む。
ちなみにアイシュさんとはここの宿の看板娘で超がつく美人。そして、日本語がペラペラでホテルに付随の旅行会社をやっている人。
merih2の宿を取るにはアイシュさんにmixiでメッセージを送るとちょっと安くなる。なんともweb2.0的な時代である。

まずは次の宿tree of lifeを探す。
そしたら、いきなりブルーモスクに出会った。

美しい。涙が出そうなほど美しかった。

tree of lifeに到着。
なるほどここが日本人宿か、長期滞在型の日本人がたくさんいた。
女将さん(日本人)は女子大生っぽい。本当に女子大生かも。
面白そうな人なのでもう少し話をしたかった。

荷物を置き、観光スタート。歩いていたら「くるみでも食っていけ」というトルコ人に捕まって、世間話をする。
となりにドイツ人も座る。絨毯を売り始めたので胡桃だけもらって別れる。

まずはブルーモスク。礼拝の時間なのでなかなか入れない。
修学旅行で来ている子供たちに声をかけるとあっという間に取り囲まれて、「hello
what is your name.」と一人一人言って来た。
たぶん地方ではアジア人は珍しいのだろう。
これ以降もやたら子供に手を振られる。合掌される。

ブルーモスクに入る。美しい。

次はレストランに入る。何を食べたか忘れたがおいしかった。店長は30ヶ国語に堪能だそうで、道行く人にその人にあった言語で話しかけている。旅を通じて思ったのだが、ここの国の客商売の人はめちゃくちゃ語学が堪能だ。
客商売の人に英語はまず通じると思っていいし、日本語をしゃべる人もざらにいる。一部悪質な客引きがいることを除けば、とても旅行しやすい国だ。

次は地下宮殿を見に行く。地下宮殿といっても貯水池である。ここは普通。

お次はアヤソフィア寺院、ここでさっきのドイツ人のおじさんに再会する。今晩三人で民族舞踊を見に行こうという話になる。
アヤソフィア寺院もまた美しかった。すばらしい装飾芸術だ。

壮一とグランバザールを求めて歩き回ったが見つからずに、約束の時間に。

民族舞踊を見る。一部の回転舞踊は本当に回転しているだけで面白くなかった。(回転の酔いを使って宗教的な光悦感を得るためのものであろう。)二部の少数民族の踊りは非常によかった。ダラブッカの音色は一音聞くだけでうっとりする。

三人でご飯を食べる。「ドイツがいかに二次世界大戦後、他の国と仲直りをしたか」の話が同じ枢軸国出身の自分にとって興味深い話だった。なんでも学校行事として、フランスの学生と討論会合宿とかしたんだそうだ。
「真の謝罪とは同じことを二度と起こさないようなシステムを構築することだ。」と彼が言ったのが心に残った。

続く